緒言
当科では、当院の3次救急救命センター(ER)、循環器センターに緊急搬送される患者さまに対し、常時、以下の緊急外科治療を提供できる体制を整えております。
代表的な心、大血管緊急疾患、およびその治療
- 急性大動脈解離、胸部、腹部大動脈瘤破裂に対する、人工血管置換術/ステントグラフト内挿術
- 急性心筋梗塞、心筋梗塞後合併症(左室破裂、心室中隔穿孔、虚血性僧帽弁閉鎖不全等)に対する、冠動脈バイパス、心内修復手術
- 急性心筋梗塞、激症型心筋炎等による重症心不全症例に対する機械的循環補助治療(IABP,PCPS:福島県立医科大学循環器内科、心臓血管外科と積極的に連携を図ります)
冠動脈狭窄/閉塞に起因する、狭心症、心筋梗塞への外科治療として
- 両側内胸動脈を使用した人工心肺を使用しない心拍動下冠動脈バイパス術(Off-pump coronary artery bypass grafting : OPCAB)
- 左開胸による小切開冠動脈バイパス術(内胸動脈―左冠動脈)を行っています。
心臓弁膜症による心不全に対する外科治療として
- 重症僧帽弁閉鎖不全に対する僧帽弁形成術
- 狭小弁輪を伴う大動脈弁狭窄症に対する弁輪拡大、大動脈弁置換術
- 連合弁膜症に対する一期的多弁手術
- MAZE(メイズ)手術による心房細動治療(正常洞調律に復帰させ、脳梗塞を予防する)
- 胸骨正中切開困難例に対する小切開右開胸心臓弁膜症手術(MICS)
を行っています。
大動脈瘤、大動脈解離による大動脈破裂リスクがある患者さま
- 胸部大動脈瘤/大動脈解離症例に対する、人工心肺使用、心停止下人工血管置換術(腹部大動脈瘤に対しては、瘤切除、人工血管置換術)を基本としますが、
- 高齢者、併存症(大動脈以外の病気を患っている)により従来手術が難しい患者さまには、血管内治療(ステントグラフト内挿術)を用い、手術負担の軽減を図ります。また、広範囲の大動脈に病変を認める複雑胸部大動脈瘤/大動脈解離症例に対しても、従来手術にステントグラフト内挿術を組み合わせたハイブリット治療での根治を図ります。
当院で稼働予定であるハイブリッド手術室(Hybrid OR)では、外科手術中の血管内治療(ハイブリッド治療)が可能となり、さらに、心臓、大血管緊急症への迅速な対応が可能となります。
当科では、それぞれの患者さまにとって、何が最善の治療であるのかを常に考え、”一度の手術で、生涯を健康に乗り切る心臓、大血管手術“を提供してまいります。
冠動脈バイパス手術
心拍動に必要な動脈血を心筋に供給する目的で、心臓には3本の冠動脈(右冠動脈、左冠動脈前下行枝、回旋枝)が備わっています。冠動脈に動脈硬化が起こると、冠動脈壁の肥厚が進み、冠動脈狭窄、閉塞を引き起こします。心筋血流が低下する狭心症という病態です。また、冠動脈壁内粥腫(プラーク)が破綻すれば、冠動脈は急性閉塞を起こし心筋梗塞に陥ります。その場合には、経皮的冠動脈形成術(PCI)による迅速な心筋虚血解除が救命につながります。
また、PCI治療によっても十分な治療効果が期待できないような、複数の冠動脈に、複数の高度狭窄/閉塞を伴う重症例では、冠動脈バイパス術(CABG)が推奨されます。
CABGは自己動脈(内胸動脈、橈骨動脈、胃大網動脈 等)、静脈(大伏在静脈)を狭窄冠動脈に吻合することで、大動脈からのバイパスルートを作成する外科手術です。全身麻酔を要します。
胸骨正中切開(胸部真ん中の縦切開)によりアプローチし、複数の冠動脈に複数のバイパスルートを作成します。心筋虚血を一度に解決できる効果的な外科治療です。患者さまの病態に応じ、左開胸法による小切開CABGをお薦めする場合もあります。入院は、2週間程度を要します。
当科においては、長期開存が期待できる内胸動脈を用い、人工心肺を用いない心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)で多枝血行再建を行い、手術の低侵襲化を図っています。
<OPCAB>
MAZE(メイズ)手術
MAZE手術とは、心房細動という不整脈を正常脈(洞調律)に戻す外科治療のことです。
心房細動は、心房筋の無秩序な電気活動に起因し、心臓のポンプ機能に不可欠である心房:心室収縮の1:1対応が消失する不整脈のことです。頻脈(心拍数の増加)による心不全に陥りやすく、左心房内の血流鬱滞により、心内血栓形成から、脳梗塞発生のリスクが報告されています。
MAZE手術においては、心房に迷路状のMAZEラインを作成し、無秩序に陥っている心房筋収縮を正常の心房:心室の1:1対応に回復させます。原法は1987年にカルフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の外科医Dr James L Coxにより開発され、現在まで改良を重ねています。当初は、外科的心房壁切開によるMAZEライン作成が基本でしたが、最近では、高周波ラジオ波(RF)から生じる電磁波エネルギーを用いたり(RF法)、冷却ガスによって心房筋を冷凍変性させるcryoablation法が開発され、低侵襲化が図られています。
主に、心房細動を高率に合併する、心臓弁膜症手術に追加施行されることが多く、術後の脳梗塞回避、心機能回復に寄与する外科治療です。当科においても積極的に導入しています。
<MAZE RF,cryoabltion法>
心臓弁膜症手術
心臓は、心筋の規則的な収縮、拡張に、4つの逆流防止弁の働きを加えることでポンプ機能を有しています。この逆流防止弁が心臓弁膜に相当します。
全身より戻ってきた静脈血は、右心房に流入し、以後、三尖弁、(右心室)、肺動脈弁、(肺動脈)、(肺毛細血管)、(肺静脈)、(左心房)、僧帽弁、(左心室)、大動脈弁の順に循環していきます。一日約10万回に及ぶ心拍動に同期し、この4弁が解放、閉鎖を繰り返すことで心臓が機能しています。
弁膜症はこの心臓弁膜の変性、劣化により生じます。感染(感染性心内膜炎)による弁破壊、急性閉鎖不全の出現、急性大動脈解離による大動脈弁閉鎖不全、急性心筋梗塞に伴う僧帽弁閉鎖不全など、緊急手術を要する病態も存在します。病態により、弁膜の硬化変性に伴う“狭窄症(狭くて血液を十分に送り出せない)”と、弁膜破損に起因する“閉鎖不全症(閉まらず逆流する)”に分類されます。
共に高度化することで内科的治療が難しい心不全に陥り、外科治療を必要とします。
心内に存在する心臓弁膜の外科治療には、安全な心肺停止が不可欠です。脳血流、大動脈血流を維持しながら、心、肺血流をなくす環境を人工心肺装置により作り出します。また、心筋保護液を用いた心停止には、安全性の面から制限時間(約4〜5時間)があり、時間内に必要な心臓手術を完遂します。
治療法は、1)狭窄症に対する人工弁置換術(機械弁、生体弁)、2)閉鎖不全症に対する弁形成術、もしくは、人工弁置換術(機械弁、生体弁)が基本です。手術により本来の弁膜機能の回復を図ります。手術は、あくまで故障した部品を交換、修理することに留まり、低下した心機能を直接回復させる効果はありません。よって、心機能が低下する前の適切な時期に手術受けることが重要です。
<大動脈弁狭窄症>
感染性心内膜炎(僧帽弁に付着する巨大疣贅(ゆうぜい))、生体弁置換術
特に重症僧帽弁閉鎖不全に対する僧帽弁形成術は、自己僧帽弁を温存することで、人工弁置換後に特有な抗凝固療法(血をサラサラにする)の副作用(脳出血、脳梗塞、体内の出血 など)、人工弁劣化による再手術を回避できる可能性があります。術後の高いQOL(生活の質)を保てる治療です。当科においても積極的に導入しています。
僧帽弁閉鎖不全(後尖逸脱)、後尖切除による僧帽弁形成術
また、人口の高齢化に伴い、重症大動脈弁狭窄症対する治療が変わってきています。
これまでの人工心肺使用、心停止下大動脈弁置換術を乗り切ることが難しかった超高齢者、再手術患者に対し、カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)が開発されました。当院でも、福島県立医科大学 TAVIチームと連携し、より低侵襲な治療を進めてまいります。
<TAVI>
大動脈疾患
当センターにおいては、大動脈緊急症(急性大動脈解離、大動脈破裂)を救命すべく、常時、緊急手術を行える体制を整えております。
代表的な大動脈緊急症として挙げられるのは、①急性大動脈解離(Stanford type A型解離)、②破裂性大動脈瘤です。①では、心臓に近い上行大動脈に解離(大動脈壁内膜に亀裂が入り、血液が壁内に侵入する病態)が生じます。大動脈壁が裂けることで、高率に心タンポナーデ(心臓周囲に血液が溜まり血圧が低下する)、大動脈破裂(大量出血する)、冠動脈、頸部動脈閉塞(心筋梗塞、脳梗塞を生じる)などの致命的合併症に繋がります。②では、すでに瘤破裂による多量出血が生じている病態です。①、②ともに救命のためには、迅速な緊急手術(人工心肺使用、心停止下人工血管置換術)を必要とします。
<大動脈解離 治療>
また、大動脈緊急症から、破裂が予測される大径の大動脈瘤に至るまで、より低侵襲な治療法としてX線透視装置を用いた血管内治療(ステントグラフト内挿術:SG法)があります。体表に近い動脈(総大腿動脈)から、X線透視下にカテーテルを進め、大動脈瘤部にSG留置することで大動脈瘤に入る血流を遮断します。大きな切開創、人工心肺補助を要せず、SG留置に適した瘤形状であれば非常に負担の少ない大動脈瘤治療と言えます。
また、瘤径のみならず、大動脈瘤/解離病変が広範囲にわたる場合でも、人工心肺使用による人工血管置換術に、ステントグラフト内挿術を組み合わせ(ハイブリッド治療)、手術侵襲を軽減し、外科的根治を狙います。