太田熱海病院 眼科
ある日突然、目の前に黒や灰色の小さなススのような点々が見えるようになることがあります。目の前に何かあるのかと手で払ってみても取れず、目を動かすとその動きにつれてゆらゆらと点々も動いて見えます。特に白く明るいものを背景にしたり、青空を見上げるとはっきりと現れることがあります。これを蚊が飛んで見えることに例えて飛蚊症といいます。
図1のように眼の中は硝子体(しょうしたい)というドロッとした卵白にようなもので満たされています。しかしこれは全部が水ではなく(99%は水)、残りの1%はコラーゲン線維とヒアルロン酸というものからできています。コラーゲン線維の3次元網状構造のあいだに、大量の水分を保持したコイル状のヒアルロン酸が充満しています。この硝子体の変化が飛蚊症の原因となり、その発症の原因から分けて、治療の必要がなく放っておいてよい飛蚊症と、治療が必要な飛蚊症があります。
(図1:眼の構造)
【@生理的飛蚊症】
硝子体に含まれるコラーゲン線維はもともとは透明な線維ですが、 年齢とともにこの中に線維が集束、結合した不透明なものが出てきます(図2)。これは一種の老化現象ですが、瞳孔から入った光の通り道にこの混濁した硝子体線維があると網膜に影を落とし、目の前には実際にはないのに小さな点々が見えるように感じるのです。
硝子体はドロッとしていますから、目を動かすとこの小さな混濁は硝子体の動きにつれてゆらゆらと眼の中を移動します。するとその網膜への影も揺れて動くので、まるで蚊が飛んでいるかのように見えるのです。
一度濁った線維は再び透明になることはありませんから、このタイプの飛蚊症は治ることはありません。しかしこれは病気ではないので気にせず放っておいてかまいません。60歳台では10人に1人は飛蚊症の自覚があるといわれています。
(図2:混濁した硝子体線維)
【A後部硝子体剥離】
硝子体は卵白のようなゲル状の物質ですが、加齢によって虚脱剥離という変化を生じてきます。まず、硝子体の成分の一つであるヒアルロン酸が加齢による変化から十分に水分を保持できなくなり、硝子体の中に液化した部分(液化腔)を形成します(図3)。一方、もう一つの成分であるコラーゲン線維の分子同士が結合しはじめ、硝子体を形作る網状構造が収縮してきます。この硝子体の液化と収縮の変化から硝子体と網膜のあいだに隙間ができて、硝子体を包む薄い膜(硝子体線維が層状に配列した後部硝子体皮質というもの)が網膜から分離します。これを後部硝子体剥離といいます(図4)。
このとき、視神経乳頭の周囲にあるグリア組織が硝子体とともに剥離して、白く混濁し網膜に影を落とします(図4)。これもやはり生理的飛蚊症と同じで、残っている硝子体と一緒に眼の中でゆらゆらと動くので、目を動かすことによって輪状のものや塊状のものが飛んでいるように見えるのです。
このタイプの飛蚊症は、硝子体の収縮につれて混濁が網膜から遠ざかるので次第にぼやっとしたものになってきます。
後部硝子体剥離は60歳台で43%、70歳台で71%の人に起こります。
(図3:硝子体の液化)(図4:後部硝子体剥離)
【@網膜裂孔】
後部硝子体剥離は、それだけ単独で起これば問題ありません。しかし、稀に硝子体と網膜の癒着が強く、硝子体が網膜から離れるときに網膜を引っ張って網膜を引き裂いてしまうことがあります。これを網膜裂孔といいます(写真1)。この裂けた孔のところにちょうど網膜の血管があると眼の中に出血(硝子体出血)を起こしてしまいます。これらの場合には通常の後部硝子体剥離と同じく灰色や黒色の点々が飛んで見えますが、治療が必要な網膜裂孔であるかどうかは調べてみなければわかりません。ですからこのような症状があれば眼科を受診して精密検査を受けて下さい。
後部硝子体剥離に伴う網膜裂孔の頻度は10〜15%、後部硝子体剥離に伴う硝子体出血の頻度は7.5%といわれています。
(写真1:網膜裂孔<中央の橙色がやや濃い部分>)
網膜裂孔に対する治療は、外来でレーザー網膜光凝固術を行います。レーザー光によって網膜に瘢痕を作りそこから網膜が剥がれないように接着します(写真2、3)。この治療を行わずに放置すると網膜剥離を生じる危険があります。もし網膜剥離を起こしてしまうとレーザ網膜光凝固術では治すことができず、入院して手術が必要になってしまいます。網膜剥離については「網膜剥離とその治療」を御覧下さい。
(写真2:網膜裂孔周囲の白い斑点がレーザー照射部)(写真3:治療後6ヶ月目<レーザー照射部は瘢痕
化し、網膜剥離は起きていない>)
【A新生血管からの硝子体出血】
糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症によって網膜上に新生血管という異常血管ができることがあります。この小さな血管は非常にもろく、簡単に破れて硝子体中に出血を起こしてしまいます。このときもやはり飛蚊症を自覚したり、視力が低下して気付くことがあります。レーザー網膜光凝固術によって原疾患に対する治療を行ったり、硝子体出血を手術によって除去するなどの治療が必要になります。
【Bぶどう膜炎】
眼の中の虹彩、毛様体、脈絡膜の3つをぶどう膜といい、ここに炎症が起こる病気をぶどう膜炎といいます。この中で後眼部に炎症がみられる後部ぶどう膜炎と、眼全体に炎症が及ぶ汎ぶどう膜炎では、硝子体に混濁が現れることがあります。この場合も飛蚊症を自覚しますが、点滴や内服によって原疾患に対する治療が必要になります。
後部硝子体剥離が起こるときに網膜と硝子体のあいだに強い癒着があると、その部位はすぐに剥がれず、眼を動かすたびに硝子体が揺れて網膜を引っ張ります。このとき網膜が刺激されて実際にはない光を感じるようになるのです。これを光視症といいます。網膜と硝子体の癒着がとれれば光は見えなくなりますが、癒着が長く残り、光視症が数週間から数年間持続することがあります。
飛蚊症と同じく光視症も網膜裂孔が隠されている可能性があるので、眼科での精密検査が必要です。
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