太田熱海病院 眼科
人間の眼の構造はちょうどデジタルカメラにたとえることができます。角膜と水晶体(カメラのレンズにあたります)を通過して曲げられた光が、虹彩の中央にある瞳孔(カメラの絞り)を通って網膜に達します。網膜には1億個以上の視細胞(カメラのCCDに相当)があり光を電気信号に変換し、信号は眼の後ろから出ている視神経を通って脳の後ろの部分(後頭葉)に送られ、画像が知覚・認識されます。
この一連の知覚の流れの中で画像が写るスクリーンという大切な役割を担っている網膜とは、厚さ0.1〜0.3mmの非常に薄い膜で、その中は10層の膜および細胞群で構成されています。内側の9層は神経網膜といい、10層目は網膜色素上皮細胞層といいます。
網膜の中央に当たる部分を黄斑部といい、ここには物を見る中心である中心窩があり、視力や色の識別に関係する細胞が並んでいます。
また、眼の中は硝子体(しょうしたい)というドロッとした卵白にようなもので満たされています。この硝子体にはコラーゲン線維が含まれていて、網膜と接する部分では密度が高く、非常に強固に硝子体と網膜が結びついています。
神経網膜と網膜色素上皮細胞層の細胞間の結合は弱いため網膜に孔ができると(網膜裂孔)、
この二つの層の間は容易に剥離してしまいます。これが網膜剥離です。網膜裂孔ができる最も一般的な原因は後部硝子体剥離(くわしくは「飛蚊症とその治療」を御覧下さい)であり、硝子体が液化、収縮して網膜から分離するときに、網膜と硝子体が強く癒着していると網膜が引っ張られて裂孔ができてしまいます。その孔から液化した硝子体が網膜の下に入り込んで網膜が剥がれるのです。
網膜裂孔が原因ではない網膜剥離もあります。糖尿病網膜症が進行して増殖膜という膜が網膜を引っ張って網膜を剥がしてしまう牽引性網膜剥離やぶどう膜炎や眼内腫瘍のときに血液中の水分(滲出液)が網膜下に貯留する滲出性網膜剥離などがその例であり、このような場合には網膜剥離の治療とともに原因となっている疾患の治療を行います。
■飛蚊症
黒や灰色の小さなススのような点々が見えるようになる症状です。後部硝子体剥離と同時に網膜裂孔が発生し、硝子体の混濁が網膜に影を落としたり、裂孔をまたいだ網膜上の血管が切れて硝子体出血を起こし、その影が見えることから起こります。
■光視症
実際には存在しないのに、ピカピカと光が見えるように感じる症状です。後部硝子体剥離が起こるときに網膜と硝子体のあいだに強い癒着があると網膜裂孔・網膜剥離を生じ、眼を動かすたびに硝子体が揺れて網膜を引っ張ります。このとき網膜が刺激されて実際にはない光を感じるようになるのです。
■視野欠損
見ている範囲の一部が暗く見えなくなります。これは剥がれた網膜の部分が光を感じることができなくなるからで、網膜の上方が剥離すると下の方が見えなくなり、網膜の下方が剥離すると上の方が見えなくなります。剥離の範囲が広がってくると見えない部分も次第に拡大してきます。ただし、通常は両眼で物を見ているので視野は補いあうため、視野欠損に気付かないことがあります。
■視力低下
網膜剥離が中心窩に及ぶと物がはっきり見えなくなり、視力は極端に低下します。ここまで至って初めて網膜剥離に気が付くことがありますが、この中心窩が剥離して時間が経ってしまうと、手術によって網膜をもとの状態に戻しても視力が回復しないことが多いので、なるべく早く網膜剥離をみつけて手術をする必要があります。
剥がれた神経網膜と網膜色素上皮層は接着機能を持たないため、放っておいても自然に網膜がくっついてもとの状態に戻るという事はありません。また、剥離の範囲が小さく、剥離してからの時間が短いほど手術も簡単で、術後の視機能も良い結果が得られるので、網膜剥離は早期発見、早期治療(早期手術)が大切です。
網膜剥離に対する治療には3種類あります。
@レーザー網膜光凝固術
網膜剥離の範囲がとても少ない場合にはレーザー網膜光凝固術を行ないます。
レーザー光によって網膜剥離の周囲に瘢痕を作り接着し、剥離を封じ込めて、それ以上広がらないようにします。
この方法は入院の必要はなく外来で行なうことができて簡便ですが、症例は限られ、網膜剥離が瘢痕を越えて広がってくる可能性もあります。
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「網膜剥離1」(拡大写真) 中央よりやや上の馬蹄形の裂け目が網膜裂孔。 その周囲に限局性の網膜剥離が生じている。 |
「レーザー網膜光凝固術」(網膜剥離1) 網膜剥離が生じている境界に沿って、 剥離を囲むようにレーザーを照射したところ。 レーザースポットの跡は数週間で瘢痕化する。 |
A網膜復位術
最も一般的な網膜剥離の手術です。眼球の周りにシリコンスポンジというバンド状のものを巻いて強膜に縫着します。これが眼球内の隆起となって網膜裂孔をふさぎ、強膜にあけた針先ほどの小さな孔から網膜の下にたまった液体(液化硝子体)を排出します。手術の後に特別な安静は必要ありません。
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「網膜剥離2」 写真の左半分のやや白みがかって 小さなシワがよっている範囲が網膜剥離。 網膜の上耳側3分の1が剥がれている。 写真左上の小さい円形の孔が網膜裂孔。 |
「網膜復位術」(網膜剥離2) 術後2ヶ月目の眼底。写真左の弧状の部分が シリコンスポンジによる眼球内の隆起。 隆起によって網膜裂孔はふさがれ、 網膜は完全にもとの位置に戻っている。 |
B硝子体手術
網膜剥離の範囲や網膜裂孔の位置によっては硝子体手術を行ないます。眼球にあけた小さな孔から特殊な器械を使って硝子体を切除し、網膜裂孔のところで網膜を引っ張って剥離を起こしている硝子体線維の力を取り除きます。眼球の内側から網膜剥離を押さえ付けるために、手術の終わりに眼の中の液体を気体(特殊な膨張性のガス)に置き換えます。術後は剥離の部分に気体を押し当てるためにうつ伏せの姿勢をとります。
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「網膜剥離3」 写真の右上から左下にかけて 網膜の半分以上が剥離している。 網膜の血管が中央に集まるところ (視神経乳頭)が剥離の下に隠れてしまっている。 左上の網膜の裂け目が原因裂孔。 |
「硝子体手術」(網膜剥離3) 術後1ヶ月目の眼底。 剥離は消失し、網膜は復位している。 写真左上の灰色の部分は、手術中に 網膜裂孔の周りを眼内レーザーで光凝固した跡。 |
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「網膜剥離4」 未治療の増殖性糖尿病網膜症による網膜全剥離。 網膜の上方と下方で増殖膜が収縮し牽引性網膜剥離を生じている。 |
「硝子体手術+輪状締結術」(網膜剥離4) 術後2ヶ月目の眼底で、網膜は完全に復位している。 術中にシリコンバンドを眼球全周に縫着しているので、眼球内に輪状の隆起がみられる。 術中に糖尿病網膜症に対するレーザー治療も行なっているので、瘢痕が多数みられる。 |
通常の裂孔原性網膜剥離の場合、手術による網膜復位率(網膜がもとの状態に戻る割合)は95%と高いですから、症状を自覚したらなるべく早く眼科で検査を行い、網膜剥離と診断されたら時間をおかず早期に治療を受けることが大切です。
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